晩餐トライアングル

 




自分の為に用意されたカップを見つめる。
瀧介が普通の体でコーヒーを振舞ってくれることに改めて幸せを感じながら、鷹也はちろりと瀧介を見た。
真っ赤な一人掛けのローソファに座って、鷹也と同じようにコーヒーを飲みながら、何やら雑誌をめくっている。
その様子に、また幸せを感じる。
何せ初めて目撃するのだ。
そういうリラックスした瀧介は。
だからこそ、これから自分がする話に対して、瀧介がどんな反応をするのか、少しだけ恐ろしかった。
「ソウ」
「ん?」
「あのさ、」
「ん」
「あのね、」
「ん」
「あのー・・・、」
ページをめくる瀧介の指が止まって、とうとう呆れたような視線を向けられた。
「何だよ。鬱陶しい」
その言葉にガーンとショックを受けながらも、鷹也はおそるおそる口を開いた。
「あのさ・・・今日、これから・・・星野と、会ってきても、イイ・・・?」
瞬間、場が静まり返る。
鷹也が上目遣いで瀧介の瞳を窺うと、すぐにその目は逸らされた。
「――別に。俺に断わるなよ」
「本当に? 怒らない?」
「――別に」
「あのー、すでに怒ってる気がするんですけど・・・」
瀧介に近寄って、鷹也がその顔を覗き込むと、瀧介は憮然として口を開く。
「怒ってなんかいない。だけど、他の奴とセックスしにいくのを、いちいち俺に断わるなよ。なんか逆に気分悪いだろ」
「セックスしにいくって・・・」
鷹也はとんでもないことを聞いたという調子で、思わず叫んだ。
「何言ってんだよ! そんなワケないじゃん!」
怒鳴られた瀧介は、きょとんとして鷹也を見つめた。
「そうなのか? セックスじゃなかったら、何しに行くんだ?」
無邪気に訊き返されて、鷹也はちょっとした眩暈に襲われた。
本気で訊いてくるからタチが悪い。
自分はもう瀧介以外の人間とセックスする気はないのに。
というか、それ以前に、そう簡単に許さないで欲しい。
他の奴とセックスすることを。
瀧介の口ぶりは、「自分にバレなければ、浮気してもいい」、まるでそう言ってるように聞こえる。
自分が逆の立場だったら、絶対に許さない。
もっとも、瀧介がそんなことをしないってことは、もう十分に理解しているのだが。
でも、やっぱり、もうちょっと想像力を遣って欲しい。
人間関係には思いやりという名の想像力が不可欠だ。
「ねえ、ソウ、」
「ん?」
「本当に解かってる? 俺が本気でソウのこと好きだってこと」
「解かってる」
「だったら、なんでそんなこと訊くんだよ」
「そんなことって?」
「『セックスじゃなかったら、何しに行くんだ』なんて、まるで俺がフシダラな男みたいじゃん」
途端、瀧介は面白そうに笑った。
「否定できるわけ?」
訊き返されて、鷹也は一瞬グッとつまった後、言い返した。
「今はソウだけだ! 好きなのはソウだけ!」
「うん。だから、いいじゃん」
「何ソレ、意味わかんね」
「だから」
瀧介はそこで言葉を切ると、鷹也に軽くキスをした。
不意打ちの口づけに驚いている鷹也の見開かれた目を見つめながら、瀧介は言った。
「重要なのは心だろ? 俺はお前の気持ち、理解してるから、それでいいんだよ。身体くらい、くれてやるよ。別にどうってことないじゃん、セックスなんて」
そのセリフを聞いて、鷹也は素直に驚いた。
まさか瀧介がそんな風に思っているなんて。
“セックスなんてどうってことない”辺りのくだりはちょっと引っ掛からなくもないけれど。
信用の裏返しと思えば、まあ・・・。
鷹也が思案顔でいると、瀧介がのんびりと言った。
「それに、星野だろ? 俺、結構あいつのこと気に入ってるし」
「へ?」
それは初耳だ。
詳しく問い質そうとした鷹也を遮って、瀧介は訊いてきた。
「それで、星野と何するわけ?」
「え。あ、ああ。ちょっとソウとのこと報告しにね」
「報告? お前、セフレ連中にいちいち報告してるのか?」
「当然だろ。それに、星野は、つき合ってたヤツらの中でも、ちょっと特別っていうか、」
「ああ。解かるな、それ。お前のトチ狂ったコイビト連中の中でも、唯一、まともだしな」
何やら、うんうん、と独りで納得している瀧介を見て、鷹也は少しだけ憮然とした。
彼らとはもうすっぱり切れたのに。
それに・・・。
「なんか、初めてじゃん? ソウが他人のことをそんな風に言うの」
「そうか?」
鷹也がしっかりと頷いても、瀧介はどこ吹く風の体だった。
それどころか、続けて瀧介は鷹也が思いもかけなかったことを提案してきた。
「あ、そうだ。俺も星野には色々迷惑掛けたし・・・。その埋め合わせに、あいつをうちに招待するか・・・」
「招待?」
「ああ」
「招待って! 招待ってナニ?!」
「何って。なんか、昨日実家から電話あって、カニ送ったっていうから、鍋でもしようかと」
「鍋?! 鍋って、まさかソウが料理するの? ココで?」
「何だよ・・・」
鷹也の言い様に不服気味な瀧介は、鷹也を軽く睨んだ。
こう見えても、料理は得意だ。
そういう意志を込めて、更に鷹也を睨んだ。
しかし、鷹也はそんな視線に目をくれることなく、必死そうに身を乗り出して叫んだ。
「ソウ、なんか星野に優しくない? 俺、ココでメシ食ったことないし、ソウにご馳走してもらったことなんてないんだけど!」
「お前も来ていいよ?」
「はあ?! そんなの当たり前! 星野とふたりきりで食事なんかさせるかよ!」
「五月蝿いな、お前」
「ひっでーよ、ソウ! なんか星野のこと、贔屓し過ぎ!」
「いいじゃん。好きなんだから」
さらりと瀧介が言うと、鷹也は一瞬芝居がかったように身を退いて、そのあと絞り出すように言った。
「好きって・・・? 好きってナニ・・・なんなの・・・?」
瀧介は吹き出した。
自失している鷹也の表情が可笑し過ぎる。
「好きは好きだよ」
「なんだよ・・・なんだよ、それ・・・俺なんて、ソウに好きって言ってもらうまで1年半もかかったのに・・・」
打ちひしがれて、何やらワケの解からないことをブツブツ呟き始めてしまった鷹也をよそに、瀧介は明るく言った。
「さっさと星野のとこ行ってこい。近いうちにメシ食おうって伝えといて」
顔を上げた鷹也は恨めしそうに瀧介を見つめた。
「何だよ」
「・・・俺のことも好きって言って」
その要求に瀧介は再度吹き出した。
まるで子供だ。
心底愉しげな様子で瀧介は答えた。
「い・や・だ」
「どうして!」
「お前、俺が『好き』っていうと、すぐに欲情するから。それより、ほら、さっさと行ってこいって」
鷹也がしぶしぶ腰をあげ、瀧介の方を度々振り返りつつ玄関に消えていくのを、瀧介は非常に愉快な心地で見送った。
「なんかスイマセン。お邪魔しちゃって」
恐縮しきりでかしこまっている星野に対して、正直、鷹也はどう声を掛けてよいのやら、解からなかった。
ここが瀧介の部屋でなければ、冷静でいられもしたが、やはり、どうも妙な気分だ。
曖昧に笑いかけて、ぐつぐつと美味しそうに煮立っているミルク仕立ての洋風鍋を覗いた。
カニをメインに、ホタテやエビなどなど、海の幸満載の鍋。
まさか、瀧介がこんな手の込んだ料理をするとも思わなかった。
もっと早く知りたかった、と少し淋しい気分を持て余していると、キッチンの方から部屋の主が姿を見せた。
どこにしまってあったのか、エプロンまでつけている。
そのうち裸であれをつけてもらおうなどと真面目に妄想している鷹也には目もくれず、瀧介は星野に声を掛けた。
「星野、ワインは?」
「あ、イケます」
途端、瀧介は嬉しそうに笑みを零した。
「マジ?」
「はい。酒の中ではビールの次によく飲みますね」
「マジ? 好きな銘柄ある?」
「銘柄っていうか、よく買うのはブルゴーニュ産ですね。赤も白も」
瀧介の顔がぱあっと輝いた。
「マジ?」
「ええ。由良さんもワイン好きなんですか?」
「好き好き。特にブルゴーニュの赤が」
「そういう綺麗な笑顔を星野に見せんなよ、ソウ」
ふたりの仲良さそうな遣り取りにたまらくなって鷹也が口出しすると、瀧介は鷹也をひと睨みした。
「鷹也のボケはワインダメなんだよ」
「ボケって・・・」
「さーあ、仕上げするぞ」
鷹也が言い返そうとするのを無視して、瀧介は鍋の仕上げにバターを入れた。
熱さに煽られ、みるみるうちにバターが溶けていく。
「美味そうですね」
「美味いぞ」
瀧介と星野は微笑み合っている。
「ちょっとちょっと! なんかふたり仲良すぎ!」
喚き立てる鷹也を瀧介はちろっと見た。
「五月蝿いな、お前」
「ソウ!」
「さーあ、食うぞ」
瀧介が小皿によそいはじめる。
またしても黙殺された鷹也は不服そうに言い募ろうとしたが、次に発された瀧介のセリフを聞いて固まってしまう。
「それにしても微妙だよな、この顔ぶれ」
「ですね」
瀧介と星野は、同時に鷹也を見た。
「お前、顔ひきつってるけど?」
瀧介が面白がるように告げると、鷹也は顔をひきつらせながらも、恨めしげな声を出した。
「・・・ソウは、愉しそうだな・・・」
「まあな。例え、星野が鷹也と寝てても、俺は星野のこと好きだしな」
「あ、俺も由良さん好きです」
星野が断言すると瀧介はにっこりと嬉しそうな笑顔を向け、おもむろに声を艶めかせて、星野に告げた。
「今度――ヤるか」
「イイですね。俺、抱かせてもらいますけど?」
「問題ない」
「問題大アリだっていうの!」
気を揉む鷹也をよそに、瀧介と星野はお互いに妖しい笑みを浮かべていた。
こうして、この夜、鷹也がふたりに苛めぬかれたのは言うまでもない。

Come on ! TAKAYA !

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